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【戦後81年】特集 八日市飛行場から故郷の長野へ 特攻隊長 西川俊彦中尉

2026年8月6日(木) 19:42
太平洋戦争の終戦からまもなく81年。終戦後、東近江市にあった飛行場から飛び立ち、ふるさと長野で自ら命を絶った青年がいました。びわ湖放送で、その遺書をお預かりすることができました。石橋記者の取材です。
東近江市に残る「掩体壕」。戦闘機を敵から隠すために作られました。

かつて、ここには陸軍八日市飛行場があり、全国から集まった特攻隊が待機していたといいます。
その1人、特攻隊長で当時21歳だった西川俊彦中尉。

終戦から3日後、八日市飛行場を飛び立った西川中尉は、ふるさと長野県で自ら命を絶ちました。
西川中尉は、遺書を母校である長野県佐久市の岩村田国民学校の校庭に投下しました。

その時、その場所にいて、現在も長野県佐久市に住む小林収さん(95)は「青空の東の空から、ものすごい音をたてて飛行機が近づいてきました。その飛行機は銀色の翼で大きな日の丸が胴体と翼と尾翼についていました。その中には裸の操縦士が本当にはっきり見えました。そこに乗っていたのが西川中尉だったのです。そこで遊んでいた20人くらいの子ども達はあっけにとられて見ている」と当時の様子を語りました。
飛行機は、その後、西川中尉の母校である野沢中学校の上などを旋回して、また岩村田国民学校に戻ってきました。
小林さんは話を続けます・・・「「あれまた来たよ」。そしてその飛行機は急降下してくると、窓が開けてあったので、(国民学校の)庭の上にくると、通信筒という黒い筒を手で校庭に投げ落としました。そしてまた西の空へ戻っていった。それを子ども達が群がるように拾ってみると、そこに西川さんのお母さんの名前が書いてありました。「西川さんだ」といって西川さんの家へ通信筒を持って走りました。」
その後、西川中尉は、浅間山に自ら飛行機ごと突っ込み、命を絶ちました。

遺書を東近江市に住む中島伸男さんに見てもらいました。自らも戦争を体験した中島さんは、八日市飛行場にまつわる証言をまとめてきました。

「残念なるかな、遂に敗北しました。私の信念は、ここに砕け散りました。ただ、最後まで部下の面倒をみてやれなかったのが心残りです。」と西川中尉の遺書の一部を読み上げる中島さん。
「自由主義・民主主義・個人主義とか、共産主義その他いろいろのものが入ってきて。よくご存じだった」「本当に驚きました。神国日本という考え一筋の方のように誤解していた。そうではなくて、いろんな考えや生き方があるということをご存じだった」と西川中尉について語りました。

最後に、それでも命を落とすことを選んだ事について「日本の考え方は絶対間違っていないという信念を持っていた。純粋さがものすごく違う」「大変信念の固い方なので、きっと立派な仕事をなさったと思う。きっと立派な指導者になっていたに違いない。本当にたくさん惜しい方を失ってきたと思う」と話していました。

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